「ビル・カニンガム&ニューヨーク」 テーマはファッションではなく人生

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現在新宿バルト9などで上映中の映画、「ビル・カニンガム&ニューヨーク」。
ビル・カニンガムという名前は私自身聞いたことすらなかったし、おそらく多くの日本人がそうだろう。
彼は50年以上に渡りニューヨークのファッションや社会を撮影し続けてきたフォトグラファー。
この映画は彼の仕事と周囲のインタビューで構成されるドキュメンタリーで、交渉に8年、撮影と編集に2年と実に10年がかりで制作された。

80歳の男の一生

多くのメディアでは、この映画はファッション業界を描いたものとして宣伝されている。
ファッショナブルで色彩豊かな公式サイト。中央に鎮座するのはあのアナ・ウィンター!
私もそんな、ニューヨークのファッション業界の変化などを期待して見に行ったのだが、実際には全く違うテーマだった。
人生とは何か。仕事とは何か。
そんな誰もがぶつかるであろう悩みに対して、まっすぐに自分を曲げずに生き続けた男の姿が描かれていた。

映画の冒頭は彼についての紹介を、様々な人物へのインタビューで表現されている。
登場してくる人物は皆「重鎮」という言葉がふさわしい。その最たる例が上記のアナ・ウィンターである。
誰もが彼に撮影されることを望むが、彼についてそのプライベートを知る人物はいない。

御年80歳の老人が、ニューヨークのど真ん中、ボロボロの作業着で街行く女性を次から次へと撮影する。
一見するとただの変わり者のおじいさんにしか見えないが、実際はニューヨーク・タイムズでファッションと社交界のふたつのコラムを連載する現役のフォトグラファー。
ニューヨーク中を自転車で駆けまわり、シャッターを切り続ける。

bill

http://www.nytimes.com/imagepages/2013/05/19/fashion/19STREET.html
これがニューヨーク・タイムズで実際に掲載されている写真と記事。
毎日大量の写真を撮影する彼は、決して「人」を撮っているのではない。
着飾ったセレブや高級なアクセサリーを撮るのではなく、街の中で流れるファッションの「空気」みたいなものを感じ取り、それを撮影する。
「これが流行るだろう」と事前に決めて撮ることはなく、街が語りかけてくれるまでシャッターを切り続ける。
骨董品のようなニコンのフィルムカメラで撮影を続けるビルはとても渋い。そしてその渋みは、彼の仕事に対するストイックな姿勢からにじみ出るものだった。

自分を貫くという生き方

社交界の情報を伝えるコラムのためにパーティーでの撮影をするビル。しかし食事に手を付けないどころか水の一滴すら飲まない。
あくまでニューヨーク・タイムズの記者に徹し、客観的に人々を見つめている。
コーヒーは安ければ安いほどいい。部屋はフィルムを保管するためのキャビネットが並ぶだけ。
金を持たず人とも深くかかわらずストイックに仕事を続けているのは、客観的に、自由に、ファッションを見つめるためだった。

そんな彼をよく表していたエピソードは、仕事の報酬として受け取った小切手をその場で破り、お金を受け取らなかったというものだ。
お金を受け取ったらクライアントに口出しをされることになる。お金を貰わなければ自由にやれる。
自由に仕事をするために他のすべてに興味を持っていない。プライベートでは恋愛も一切せず、いつも安い作業着を着続ける。

書いてみて驚いたが、こうしてエピソードを列挙しても、文字だけではただの空虚な老人のように感じてしまう。
しかし実際にキラキラとした瞳で語りかける彼は、まるで聖人のように見えた。
誰もが彼と同じように、自由に何も持たずに自分の好きなことを続けたいと思うことだろう。
同時に、それが決して真似ができないということも痛感させられる。

自分の人生をかけて何かに取り組む姿勢はとても真似はできないが、彼のように生きるということを誰もが目指すべきではないだろうか。

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