「しわ」(原題:Arrugas) 『老い』を『誰』と迎えるか

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2年前、とあるSNSのオフ会で文化庁メディア芸術祭の受賞作品展に行った。

この作品展はいつもものすごく混んでいて、作品数も多いのでじっくりと見ているとすっかり疲れてしまう。
この時にちらっと見かけてとても印象的だった作品が、現在バルト9で公開されている映画の原作「皺」だ。

日本的なアニメーションが並ぶ中で、明らかに異質なタッチと色調。それもそのはず、これはスペインの作家による作品だ。
カタコトと揺れる車窓を眺める美しい女性。タバコをくゆらす彼女に駅員が話しかけ、一言二言会話をする。
突然画面が切り替わり、老人ホームの一室、車椅子に乗りながら窓を眺める老婆の姿に変わっていた。
こんな、ほんの数十秒のシーンしか見ていないが、その淡々とした描写が後を引き、二年経った今でも忘れずにいた。

フランスで話題を呼び、文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞

映画を見た直後、気がつくとそのまま原作の本を買うために紀伊国屋に向かっていた。
鑑賞中もボロボロと泣いてしまったのでその感動がさめないうちに原作を読みたかったのだ。
2940円とちょっとお高いが、中身がフルカラーのページが多く紙もしっかりしているのでアートの作品集のような印象だ。
(実際、店頭でもアート作品の棚に並べられていた)

スペインの作家パコ・ロカによって描かれた同作は、2007年にフランスで刊行されるとヨーロッパを中心に話題となり、2011年には日本の文化庁メディア芸術祭で優秀賞を受賞するに至った。
特に、メディア芸術祭では海外コミックとして初めての受賞となった。

老人ホームに入居した主人公エミリオは、金にがめつい男ミゲルと相部屋になる。
かつて銀行員だったエミリオと、粗野なミゲルのデコボココンビは衝突しながらも徐々に仲良くなり、他の住民とも交流を深めていく。
ある日、自身の薬と別の人物の薬を間違えて渡されてしまい、それをきっかけに自分自身が認知症に侵されていくことを知ってしまう。
病気が進めば、ホーム内の隔離されたエリアに移されることになってしまう。エミリオとミゲルがとった行動は…。

映画と原作では、細かいエピソードが少し異なっている。原作は全体的に、一つ一つのエピソードが短く、淡々と進んでいくように感じた。
はコマ割りが日本のように自由な作りではなく決められたフォーマットであることも、そういった印象を受ける理由だろう。
しかしそのリズムが、クライマックスのショッキングな描写を強めていた。

どこか懐かしいタッチのアニメーションと、印象的な配色

話がずれてしまったが映画の話に戻ろう。
映画の予告が始まるタイミングに入ってしまい、体を低くしながら入っていくと、いつも見ている映画とは客層が少し違っていることに気がついた。
全体的に年齢層が高く、中高年の夫婦や女性同士などの客が多い。客席はほぼ満席だった。
作品のテーマが「老い」と「認知症」であるため、若い人にはあまり興味は持たれないだろう。

冒頭は、カラフルに彩られた映像の中で重苦しいテーマが語られる。
少し古臭いキャラクターデザインのように感じたが、海外アニメ作品特有の見づらさは感じない。日本人に見た目が近いからだろうか。
アウトラインはわざと手描きらしさを残しており、特に背景美術の垂線がふらふらとしているところで確認できる。
この手描きらしさがキャラクターデザインとあいまり、懐かしさを感じさせる。

配色については、暖色系が印象的だ。
公式サイトでもオレンジ色の背景と黒のコントラストが美しい。
グラデーションで塗られていて影も少ないのでイラストのような雰囲気だ。
ノスタルジックな暖色と、反対に雪のシーンでは寒色の世界で、ここでは幸せな生活からの転落が効果的に描かれていた。

老いていくことの恐ろしさ

物語はほぼ全編、老人ホームの中を舞台に繰り広げられる。
老人ホームでの日常的な生活を中心とした序盤、徐々に住民たちの過去や内面がわかりだす中盤、そして主人公たちが行動を起こす終盤。
老化や死、そして大きなテーマの一つである認知症による、徐々に記憶や生活ができなくなっていく描写など、登場人物の後ろには誰しも何かの影が迫っている。

こういったテーマを日本で描くと、から元気だったり、辛くとも幸せといった展開になるのではないだろうか。
だがこの作品では、そこから一歩踏み込んだ生々しさを感じさせてくれる。
これは作者がじっくりと取材をしたことに由来し、各登場人物のエピソードは実在の人物に基づいているとのこと。
映画版ではよりドラマ的に演出されており、長時間の映像として見やすいように工夫されていた。

私が子供の頃、自分の死について考えることが多かった。
誰もがあると思うのだが、自分はどんなふうに死ぬのだろうと急に怖くなったりしていた。
それが、年を重ねるに連れ、死の恐怖よりも老化への恐怖が湧き出てくるようになった。
老いによる体の不自由さ、家族や周囲との関係、迫ってくる死。
この映画を見て、そういった感情に対してより深く考えてしまった。

日常系アニメの終着点

もちろん、老いることによる悲しい部分のみを描いた作品ではない。
癖の強いキャラクターたちによるコミカルな描写もとてもおもしろいし、老人ホーム内で生まれる友情の描写も素晴らしい。
特に、劇中でのプールで泳ぐシーンは、まるでティーンエイジャーのようにキラキラとしていた。

大きな事件もあまり起こらないので、日本の「日常系アニメ」のような雰囲気も感じさせられる。
主人公に目的があるわけではないので、ホーム内での日常の些細なエピソードがよく描かれる。
ただしこの作品には、その日常の明確な終わりが見え隠れする。「死」と「認知症」である。

日常系では、卒業を一つの区切りとするものもあるにはあるが、いわゆる「サザエさん時空」と呼ばれる、現実の時間から切り離した表現がされることもある。
どちらにしろ連載の間は「日常」の終焉をあまり意識しないが、本作は明確に日常の終わりに向かっていくので、そこに怖さを感じる。

物語のラストシーンは、原作とほぼ同じでありながら少しだけセリフの違いがある。
このセリフの違いによって物語の印象がまるっきり変わり、主人公とミゲルとの間の友情が強く伝わってきた。

老いてゆく時、死にゆく時に隣にいてくれる人は、決して家族とは限らないのだろう。
その誰かに出会えれば、老いは私が思うよりもずっと、幸せなことなのかもしれない。

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