そこは女の子だけの”聖域” 「こたつと、みかんと、ニャー。」

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私が映画を見に行くときは、仕事終わりに行くことが多いので必然的にレイトショーになる。
レイトショー、それもミニシアターとなれば、一風変わった作品がとても多くなり、見る度に新鮮な気持ちを味わえる。

今回見た作品は「こたつと、みかんと、ニャー。」。今をときめくグラビアアイドル、それも3人が登場する。
公式サイトに載せられたキャッチコピーは、
「そんな目で見られたら 好きになっちゃうでしょ…」
なんとも地雷臭がする。

こういった、主演がアイドルの作品の場合は、純粋にアイドルの人気を売りにした生ぬるい作品になるか、あるいは過激な露出やセックスシーンが話題に上がることが多い。
「こたつと、みかんと、ニャー。」については、どちらかというと前者寄りだが、うまいこと中間で料理しているという印象だった。

なんといっても主役は福見真紀木嶋のりこ鎌田紘子の計3人。
その3人のそれぞれを魅力的に描き、かつ誰がメインかなどとは一切考えられないくらいバランスが良かった。
3人の誰のファンであっても楽しめるような作りになっているのではないだろうか。

その微妙なバランスを作り上げているのが、作品のテーマとしている「百合」という世界観だ。
女性同士の恋愛を描くが、やや空想的。女性向けのBLと同じく、どこか神聖な雰囲気が漂う。
マンガやアニメで成熟した百合文化では、特に「日常系」からの影響が強い。
主人公に強力な能力があったり、あるいは事件に巻き込まれたりといったものではなく、ただただ日常を描く。
そうしていく中で、「ゆるゆり」や「ささめきこと」といった作品に代表される、各登場人物が全員キャラ立ちしているという現象が起こっていった。

映画においては、安藤モモ子監督による「カケラ」がレズビアンをテーマにしている。
あちらは女性同士の恋愛を描いているのは確かだが、間に男性も混ざっているので、あくまで三角関係にレズビアン要素を加えただけのものだった。
一方、「こたつと、みかんと、ニャー。」では、前述の百合作品が持つ世界観を見事に表現している。
セクシュアルマイノリティがマイノリティであると認識させず、むしろ性というものを排除している。

象徴的なのは、冒頭にあるみかん(鎌田紘子)とニャー(木嶋のりこ)による絡みだ。
ピンク映画などと違い直接的な性表現はないものの、濃厚なキスとイチャイチャが繰り広げられる。
ここで浮かんでくる感情は「羨望」だ。

しばしば映画でサービスショットとして使われるレズビアン的表現は、そこに男性が混ざりたいと思わせる、いわば性的な欲求を出すように描かれる。
(あまり参考には出したくないが、前回の記事で書いたチキン・オブ・ザ・デッドもそうである)
しかしこの絡みのシーンでは、女性そのものになりたいとすら思わせる雰囲気がある。
そう、彼女たちは触れてはいけない「聖域」なのだ。

映画全体のクオリティとしては、事前に感じた地雷臭を裏切らない。
やたらと白飛びするカメラや、ボリュームが調整しきれていないような音声。
カメラが空を映しながらグルグルと回るシーンでは気持ち悪くなってしまった。

シナリオはアイデアの良さを感じるが、おそらく表現したいもの全てを表現し切るには時間や技術が足りなかったのではないだろうか。
序盤でキャラクターに関する重要な設定のネタばらしを行い、ラストでもう一つどんでん返しをする。
そのアイデアはとても良かったのだが、伏線不足なので観客に少し不親切である。

だが、可愛らしい女性3人以外は通行人程度しか登場しないという世界観は、そういったアラを補ってあまりある魅力だった。
65分間、可愛いものだけしか映らない世界にひたれる。最高のトリップ感だ。

百合作品を実写で行うという大冒険は、世界観をうまく作り上げた監督と、それを演じられるだけの愛らしさを持つ3人によって成立した。
百合系が好きで、三次元にそこまで抵抗がなければ見て損はない。
願わくばこの作品をきっかけに、百合作品が増えますように。

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